堤 剛 – 第三章

第三章 わが恩師、シュタルケル先生

⑩ “本当に一からやらされるわけ、最初は音階、音程を完璧に、・・本当に一から叩き直された。

最初に斎藤先生に勧められ高輪プリンスに行き、シュタルケル先生に聴いていただいたお話をしましたよね。その時先生と奥様もいらしたのですが、その時には私ドヴォルザークを聴いていただきました、当時既に演奏活動をしていましたし。それで、その時シュタルケル先生からは、「あなたは斎藤という素晴らしい先生に就いて、あなた自身すごく高いレベルにいるから、私の仕事としてはそれに”add up“するふうにやりたい」って、おっしゃったんです。なので私も感覚としては、じゃあそれこそコダーイのソナタとかそういうものを習うのかなあとか、わりと軽い気持ちで行ったんですね。

そうしたら、もう一からやらされるわけ。本当にね、最初は音階、それもビブラート無し、まったく音程を完璧に。そのうちセヴィチックのヴァイオリンの教本をチェロ版に直してもらってやって、それからポッパーなんかを少し始めて。こんなベーシック中のベーシックを、ね。曲なんか全然やらしていただけなかったわけ。で、先生はその音程とかを厳しく聴いてくださったの。最初は“add up”なんて言ったからまあレパートリーを広げることかな、なんて思ったら全然違って、本当にもう一から叩き直された。

ただ先生からは「出来るだけ自分としては理論的に体系的に正しいやり方で教え、身につけさせたい。そうすればチェロはもう一生弾けるよ。変に無理がかかったら絶対にどこかでダメになる」そういう話があって。

本当にね、僕、先生偉いなぁと思うの。あれほどの大先生がね、生徒が、音階を、ビブラートなし、これをね、毎週ですよ!

また、普通レッスンって言うと1時間の間、だいたい3/4弾くんですよね、生徒が。それでまあ1/4は先生がコメントしてくださったり教えてくださるのだけども、シュタルケル先生のレッスンは、 逆だったの。私が実際に引くのは15分ぐらいなの、1時間のうち45分は話しをさせられたわけ。これがもう大変な苦痛でねぇ(笑)、そんなに英語ができるわけではないし、ボキャブラリーもないし。(笑)

これはでもね、先生も本当に凄いなぁと思ったんだけど、やはりね、演奏家としてそれから教育家として行くんだったら、もちろん演奏で示すことも大事だけど、やっぱり口で、言葉で、説明できなきゃダメだって。だから随分強制的になんでもいいからしゃべろって、そういう風に1年間やらされまして。ちょっと苦痛と言えば苦痛、まあでも、大変苦痛だったんだけれど。(大笑)

それでね、実は笑えない笑い話がありまして 、

一つは、入学後3ヶ月ぐらい経った時に、奥様がたまたま訪ねてらしたのですね、先生のスタジオの私たちのところに。そしたら先生が、

 “Tsuyoshi,why don’t you play something for my wife?” 

“What!? ”  えぇ弾け!? 

なんて言われても、 ベーシックしかやっていないし。

奥様にはもうドヴォルザークとかを聴いていただいているわけですよ、それがもうこれだから。

いやあれ奥様もびっくりしたんじゃないかなと思いますけどね。

ですからそれくらい徹底して、ほんと厳しかったです。いろんな意味ですごく厳しい先生でした。

⑪ ”Tsuyoshi, there are three most important things to become a very fine cellist.” ”あっ!これだー!これで留学した甲斐があった。”

それでもう一つはね、私もそういうふうで英語がそんなにできなかったから、でも折角留学してね、ブルーミントンまで来たし、先生の一語一語絶対逃してはだめだって思って、レッスンには必ずこのノートブックと鉛筆を持ってきたの、 それで先生がおっしゃることを書き留めていたわけ。でそれを先生はまあ面白そうにいつも見てらしたんだけど、何ヶ月か経ってからかな、

”Tsuyoshi, there are three most important things to become a very fine cellist.”

って言うわけ、

”あっ!これだー!これで留学した甲斐があった。”

とこう鉛筆を構えたわけ、

先生、“こういう感じで”、怖い顔して、 すごく真面目ですしね、

いつもそうなんだけども、でも本当にそういう感じで、

ちょっとしゃがれた声で、(以下、シュタルケル先生の声色で)

”There are three most important THINGS.” 

って言うわけ、

”Number one, You have to be able to drink、A LOT.” 

 って言うわけ、

“ え、えっ!?え、なん、何、聞き間違えたかな??” 

と思った、 そしたらまた

”You have to be able to drink A LOT.”

って、

二度もそうおっしゃったんですよ!

“お酒をたくさん飲めなきゃダメだって?んーん、変だなあぁ” 

とは思ったけど、まあ大先生がおっしゃるわけですしね、

で、drink a lot って書いたわけ、

”Number two, You have to be able to smoke、 A LOT.”

“え!!え!えっー!!!” 

と、僕もそのね、ボキャブラリーがないから、なんか違う単語のことをおっしゃてるのかなあと思って、

”I beg your pardon? Would you please repeat ?” って

”You have to be able to smoke A LOT.” 

でまあ、そうおっしゃったし…、でまた書いたわけ

(って、まあ自分のことをおっしゃってるんですよね。(笑))

”Number three, You have to be a very good ping pong player.”

“はああぁ....変だなぁ、ピンポン?”

と思ったんだけど、

でもまあハンガリーっていうのはすごくピンポンが盛んなんですよね。

だから彼のお宅にもピンポン台があったし、 やらせてもらったんだけど、

“でもピンポン?”

でもあれ確かにね、リフレックス(反射神経)っていうのかな、あれにすごくいいんだけど

でもね本当に、

“あれぇ…ピンポン….??.音楽に関係ないけどなぁ”

と思ったけどまぁ一応,また書き留めました。

で、先生のあのスタジオは1階にあったわけですけども、 いわゆる数少ない窓があるスタジオで。

終わって、でも私本当に自分がね、こう聞いたのが正しいのかどうかわかんなかった。

で、third floorが、今でもそうなのかもしれないけど、そこですごくみんな練習しているわけ、特に絃は。

だからすぐ上に行って友達に、 “three most important things” 聞いたって言って、

「こういうことを、言われたんだけども、どういう意味だろう?」 って、

「そういう風には言うけれども、それはなんか他の意味があるのかなぁ?」って

でも誰も知らない、わかんないって言うわけ、それでね、で困っちゃってねぇ・・。

んーん、それまぁ、そういうことでずっとそれ解らないで来たんですけど・・・。(大笑)

ちょっとそういう事を直接先生に聞く自信も無くて来て、だいぶ経って、わりかし先生ともうあまり距離を意識しなくなってから、先生が日本にほとんど毎年ぐらいにいらしてた頃に、ある時最後に、

“先生、実はこの時三つのすごく大事なことをおっしゃったけど、 あれはどういう意味だったのでしょうか ?”

”Oh, that was a joke!hahaha!” だって、 

がくっときちゃった!

怖い先生で、すごく厳しい先生だったけども、すごく家族思いで、生徒のことをすごく人間としてね、よく考えてくださっているので、それから、そういうちょっとふざけた温かみのある方だっていうのは、シュタルケル先生の本もあるけど、まあそういう方だったんだなあと思いますけどもね。

⑫“僕はね、斎藤秀雄先生には本当に音楽というものを、それからシュタルケル先生にはプロフェッショナリズムを・・”

–  先生は留学されて丸二年を経た1963年の9月と10月にミュンヘンとカサルスのコンクールで賞をお取りになられましたね。シュタルケル先生の一年間の厳しい練習を経て、ご演奏に変化はあったのでしょうか?

結局二年目くらいからはわりかし普通のレパートリーなんかも教えて下さいました。本当にありがたいことですけれど、僕はね、斎藤秀雄先生という方には、本当に音楽というものをすごく習わせていただいたと思いますし、それからシュタルケル先生に私がやっぱり一番習ったな、というのは、いわゆるプロフェッショナリズムですよね。プロだったらこうしなきゃいけないって言うのは絶対あったわけ。絶対に妥協しちゃいけないとか、いろいろ有って、それを叩き込まれた。テクニックはもちろんそうなんですけど、何しろテクニックがないとそんなできないよと言われたし 、個性なんていうのは出せないし。いわゆるプロ精神とかプロフェッショナリズムを本当に叩き込まれた、と思っていますので、そういう意味で演奏が変わったというのは絶対にあったと思いますね、筋金入りになったというか、はい。まあ本当にすごい先生だったな、と思っていますよね。